『千夜一夜の鍵言葉』、ご来場誠にありがとうございました。皆様にご覧いただけて、本当に幸せな旅路でした。
シルクロードを東から西へそして再び東へ戻って……いやあ、難産でした。産みの苦しみとはよく言ったもので、最後のシーンが書きあがったのが8月3日。そう。本番5日前です。
間に合わないかと思った。劇団員の皆も思ったことでしょう。
ただ不思議なことに、慌ててまとめたはずのお話がちゃんと繋がっていくんですよね。稽古しながら、あるいは本番中に「ああ…ここはこういう意味だったんだ」と毎日発見しながら生きておりました。
とはいえ全ては私の責任。時系列を追って反省してみましょう。
【3月下旬】
前作『ざの陣』にて
谷内くん「アラビアンナイトがしたい」
能沢くん「銃が撃ちたい」
既に若干矛盾している気もしますが、とにかくリクエストをもらいました。そしてお客様の前でも言いました。「次はアラビアンナイトで銃を撃ちます」。
迂闊な約束の始まりです。
【4月上旬】
図書館に入りびたり、アラビアンナイトを読み漁ります。もちろんネットの海でもひたすらに。
千夜一夜なのに千個のお話じゃないだと…?
冷静に考えたら、千個もあったら読み切れないんですけどね。
まずはメジャーどころを押さえようとアラジン、アリババ、シンドバッド。千夜一夜の三人衆に注目です。そして最初に…アラジンはメインに置けません。アニメのアレがアメリカすぎる。違ったメジャーすぎる。
【4月下旬】
アリババ、つまり「開けゴマ」をベースに置くことを決めました。
問題は魔法です。舞台で魔法は出ません。何か楽しい仕掛けをしたいなあ…門構え?
皆で門構えの漢字を列挙した結果、「これ鳥居に見えない?」
才と鳥居、起承と結は決まりました。ついでに東を転の終わりに使ったらいいなと企みました。が、これはだいぶ先まで忘れることになります。メモの海に埋もれていったのです。
読んでも読んでも終わらない資料の本たち。使えるかも?なアイデアがノートを埋め尽くし、風呂敷は四方八方に広がっていくのです。
そうそう、子どもの頃に読んだアラジンの絵本を実家で発掘し、舞台が思いっきり中国だったことが今回のお話をシルクロード全域に決定づけました。ええ、これも修羅の道の始まりです。
【5月上旬】
本来なら半分ほど書けていなければならない時期に、全く進んでいなかった。いやまとまっていなかった。あんなシーン、こんなシーン、やりたい場面だけが無数に並んでいました。登場人物の名前もまだでした。軍人男とか、鍵開け男とか、肩書きで書かれてましたね。使わないかも?のメモにゴマフダを漢字で書いてました。あ、カシムはそろそろ決まってたハズです。
さあ兎にも角にもタイトルをつけねば。開けゴマ→オープンセサミ→アナグラムを仕掛けて仮タイトルでプレゼンです。
『Open Message──構えよ。さらば開かれん──』
不評だった…。劇団員たちにファミレスへと連行されで相談し、『千夜一夜の鍵言葉』に決まります。しばらくは台本のあちこちに「Open Message」という台詞が残ってましたね。そう、魔法に使う「門を構えよ」があるのにまだ設定を足してたんです。アイデアが大渋滞を起こしてました。
【5月下旬】
チラシを作らないとさすがにヤバイことに気がつきます。いや気づいてました。気づかないふりをしてました。
最近の羅針盤デザインは宮崎さんと共同制作なんですが、私が元を作らないことには進まない。
この時期にはラストバトルが「あの壁」の前なのは決まってました。作家としての私が大道具の私を押しのけて呟きます。
「舞台セットに壁を作りたい」
私の無茶なオーダーで、稽古場ではあーでもないこーでもないと模型を作ってもらいました。それなのに。せっかく作ってもらった模型をリセットする私。本当に申し訳ない。言い訳するなら「壁がドラマ工房の天井よりデカい」が不採用の決め手でした。
そこから2日かけてようやく模型が完成し、チラシの表紙を飾ったのでした。壁の向こうに太陽を閉じ込めて。
───波乱万丈な砂の旅路は後半へ続く。
平田知大











